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木目込み人形と真多呂人形の歴史
元祖・木目込み人形 - 「加茂人形」って?
260年の技を継ぎ、磨き上げられた伝統技法を現代に伝えるのが真多呂人形です。
いまからおよそ260年前の江戸元文年間に、京都の上賀茂神社に仕えていた高橋忠重という人が作った小ぶりの人形が「木目込み人形」の始まりとされています。
その人形は鴨川のほとりの柳の木を素材に木彫をほどこし、そこに溝を掘り神官の衣裳の端切れをきめこんだものでした。
(写真は初代・真多呂作「三番」)

上の人形は木目込み人形の創始者・高橋忠重が1736〜41年頃に作った賀茂人形です。
縁起の良い七福神で、真ん中にいるのは弁財天です。

文化の頃、高橋忠重の孫の大八郎が作った賀茂人形は、大八人形とも呼ばれていました。
こちらの人形も大八郎作の大八人形「すずめ踊り」です。
作品は10センチ以下のものがほとんどで、取題は能・狂言や七福神、公家良俗、童もの等、種類が多く見られます。












