真多呂人形トップ > 甲冑師 - 加藤一冑伝
甲冑師 - 加藤一冑伝
「本物」の鎧兜に触れ、「本物」を探求し続ける
「技術的に完成したものは好きじゃないんです」と加藤一冑は語る。
「金閣銀閣の足利時代のような文化が極まった時代のはねー、もうこっちの技術じゃ及ばないって感じで。それより平安時代がいい。兵器の特色を持って、かつ工芸的なもの。兵器としての機能的な美しさ、それが魅力的なんです」
国宝、重要文化財の修理や復元模造品などの制作に多く携わり、天皇即位に際しては、天皇のわきに並ぶ挂甲(けいこう)の鎧二十両も作った一冑は、「ホンモノ」の戦着としての鎧の機能性を好む。
一方で「復元には時代考証能力が大切」という持論の通り、今でも珍しい鎧があると聞けば全国を飛び回る。
「かぶとの模様ひとつでも時代時代でまったく違う。その時代の工具で彫りの具合が違うんです。だから取材が必要です」
勤勉な技術力と天性の勘が光る鎧兜



加藤一冑は昭和八年、初代・加藤一冑の長男として東京に生まれた。戦後まもなく、中学生だった一冑は父の仕事場に入り、この道をまい進してきた。
「物が何もないところから、親の技術だけを受け継ぎ、全部手作りで始めたのです。それが今の技術の土台になっているのですから、結果的にはそれが良かったのでしょう」
甲冑に使用する金具も総て自分で作成するという、その勤勉な技術力と、もって生まれたセンスが作品に光る。
「一番難しいのは全体の形を出すところですね。部分にこだわって、部分部分を正確に作っても、全体のバランスが悪くなると印象が悪くなってしまいます、この全体を見る力は、教わってもなかなか身につくものではありません。天性の勘のようなものが必要となってきますね」
昔は色や形が派手な兜でも売れるような時代があったが、最近の客はしっかりとした時代考証に裏付けされた本物を見抜く力がある。一冑のもとには簡単に模造品といっても、完成まで二年もかかる注文が舞い込んでくる。値段も二千万から三千万もする豪華版で、学校や博物館などからの発注が多い。
当時の技法を凝縮した一冑の鎧兜作品
「歴史あるものは見る度に発見がある、作り手の苦労から、着心地、戦いの時の機能性はどうだったかも想像し、感じ取ることが出来るんです」
そう語る一冑の夢は、時代を代表するような鎧を手がけること。
当時の技法をそのまま凝縮したような一冑の作品を目の当たりにすると、その目標がかなえられるのは時間の問題だという気がする。
加藤一冑 - 略歴・ニュースリリース
加藤一冑修 代表作一例
◆天皇即位の際、天皇の脇に並ぶ「挂甲(けいこう)の鎧二十両」を製作。
◆江戸東京博物館から依頼を受け、御獄神社蔵「国宝・赤糸大鎧」の複製模造品を製作。その費用は何と数千万。現在も江戸東京博物館に展示されている。
◆日光東照宮「千人武者行列」の甲冑修理を手がける。
◆その他、国宝・重要文化財の修理や復元模造品等の制作を多く手がける。
加藤一冑 ニュースリリース
◆92年10月21日「週刊東興通信」に掲載。
◆95年4月25日「東京都トラック時報」に掲載。
◆05年5月1日「読売新聞」に特集として掲載。
◆8月1日「読売新聞武蔵野版」に特集として掲載。












